琴の海
       高塚かず子


朝の海は満ちていた
すぐ足もとまで
しゃがんで
てのひらに海を掬う

てのひらのなかの水にも
無数のいのちが犇めいていて
わたしに見えるものはごくわずかだ

羽のない鳥
鰭をなくした魚
根のない樹であるヒト科ヒト
  私たちは
  どこから来て
  どこへ行くのか
クジラやイルカたちは7千万年かけて海に還った

この海に スナメリがいる
そう思うと 猫を抱いた時のように
胸のあたりがあたたかくなるけれど
潮の香に
腐臭も混じっている このごろだ
(わたしの暮らしの水も この海に注がれている)

もともとみんな混沌だった
一滴だったわたしたち
細胞のなかの始原の海が
  ざわめく
    痛む 
      揺れる

波打ち際で 瞳をあげると
あ いま 水脈がしずかにきらめく